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2019.01.07

プロレスで沖縄に元気と笑顔を!「琉球ドラゴンプロレスリング」大迫力の試合を求めていざ嘉手納へ

琉球ドラゴンプロレスリング

嘉手納町といえば、ネーブル嘉手納。本館の3階、少し隠れた場所に「琉球ドラゴンプロレスリング」の拠点はあります。

迎えてくれるのは、この団体を立ち上げたグルクンマスクさんを始めとしたプロレスラーの方々。試合前はピリピリしているのかと思いきや、集まったファンと一緒になんとも和やかなムード。記念撮影にも答えてくれてましたよ〜。でも試合が始まると選手たちの表情は一変。テンションの上がる音楽とともに入場口から出てくるその顔は、まさに戦士のような表情でした。

リング上でぶつかり合う鍛えられた体と体、全身に響く雄叫び。生でしか味わえないこの感覚は、一度体感したら病みつきになること間違いなし!

この日の試合後に、グルクンマスク選手とシークヮーサー☆Z選手にインタビューにも答えてもらいましたよ。

琉球ドラゴンプロレスの本拠地「ネーブル嘉手納」へ

琉球ドラゴンプロレスの本拠地へは、ネーブル嘉手納の本館と別館の間にあるエレベーターから向かいます。入り口ではプロレスラーの方々が出迎えてくれますよ。

会場では選手のグッズのほかに、グルクンマスク選手特製のちゃんこも販売していましたよ〜。ちなみにこの日のメニューは「アグー豚バラ生姜ちゃんこ500円(税込)」。生姜で身体が温まって、応援にさらに力が入ります!

大迫力の試合がスタート!

会場はお客さんでいっぱい、外国の方にも人気があるんです。

グルクンマスク選手のかけ声で試合が始まります。この日はテレビやラジオのパーソナリティーとして活躍する漢那邦洋さんがアナウンスを勤めていました。

技と技の応酬、試合はまさに真剣勝負。選手の息遣いやリングの振動がど直球で観る人の身体に伝わってきます。技が炸裂するたびに観客からは大きな歓声が!

綺麗な真栄田ミサキ選手も試合中はこの表情!

このような場外戦もあるのがプロレスの醍醐味の一つ。体の大きな選手たちがすぐ目の前まで来ることも。

そんな真剣勝負の中でも、選手たちは観る人を楽しませることを忘れません。コミカルな試合に、会場は爆笑の渦に巻き込まれます。

ゲストでGHCヘビー級タッグのベルトを持つ火野裕士選手もいらしてました。ウルトラソーキ選手との重量級勝負がメチャクチャかっこよかったです!

琉球ドラゴンプロレスの旗揚げを機に、他団体の有名選手を見られるようになったのも嬉しいですよね。

試合後でもファンサービスは欠かしません。リング上とは違うにこやかな表情に癒される人も続出です。

グルクンマスク選手 インタビュー

琉球ドラゴンプロレスを立ち上げたきっかけは?

2012年まで所属していた沖縄プロレスが県外に拠点を移すことになり、沖縄県のプロレス団体がなくなっちゃたんですよ。でも僕はここに残ってしばらくはフリーで他団体の試合に出ていたのですが、やっぱり沖縄でプロレスがしたくて2013年に旗揚げをしました。その頃はお客さんもなかなか増えず、選手のレベルもなかなか上がらずと結構大変でした。

設立当時の想いは

僕らが何を求めてプロレスをやっているかというと、お客さんの笑顔なんですよ。時には面白おかしい動きでワッと笑いが起こったりすることもあるし、激しいチョップの音で「すごい!」と思わず笑顔になる。それがちょっとでもお客さんの活力になって、そこからさらに広げていけば沖縄全体が元気になるんじゃないかと思って始めました。

旗揚げから5年経ちますが、沖縄のプロレスはどう変わりましたか?

最初のうちはプロレスを初めて観るっていう方が多かったので、恐いとか血が出るとか、ステレオタイプのイメージで観る方が多かったです。でも今はプロレスが多様化してきて、琉球ドラゴンプロレスを設立したことによって県外の他団体が来る機会が増えました。それでたくさんのプロレスを観てもらえるようになったので、前よりはお客さんの目が肥えてきたなという感じはしますね。

ちなみにグルクンマスク選手がプロレスデビューしたのはいつですか?

今47歳なんですけど、デビューしたのは30歳の時なんですよ。結構遅かったです。子どもの頃からずっとプロレスラーになりたかったんですけど、運動すると発作が出るほど喘息がひどくて一旦は諦めました。それからキックボクシングのジムに通っていたんですけど、そのジムがプロレス団体との繋がりがあって、僕から志願して始めました。

印象に残っている試合はありますか?

小学校4年生の時にテレビをつけたらプロレスをやっていてそれにくぎ付けになったのがプロレスを知るきっかけだったんですけど、その時に出ていたのが天龍源一郎選手だったんです。4年ほど前に、僕に初めてプロレスというものを知らしめてくれた天龍源一郎選手とここで試合をしたことがありまして、それはもう天にも昇る気持ちでしたね。

これからの目標を教えてください

今47歳で、この歳までプロレスができると思っていなかったので、50歳くらいまで同じスタイルでできたらいいなと思っています。レスラーとしてまだまだ足りない部分というか、思っているところまで行けてないのでこれからも磨いていきたいですね。また、以前に新日本プロレスのリングに上がらせていただいたことがあるんですけど、もう1回あそこに上がりたいなという気持ちがあります。

この記事を見ている方に一言お願いします

僕がいつも言ってるんですけど、「今は今しかない」って言葉があります。僕らが5年後、10年後、プロレスをこうやってやり続けている保証はないんですよ。だから僕らは今が一番若いし、今が一番全盛期だし、今が一番楽しいので、今のうちに皆さんに観に来て欲しいですね。

シークヮーサー☆Z選手 インタビュー

琉球ドラゴンプロレスに入団したきっかけは?

2017年の7月にデビューなので、入団してまだ1年半です。地元の山口県でもプロレスの練習をしていたんですけど、琉球ドラゴンプロレスの試合を観たのがきっかけです。試合はもちろんすごかったんですけど、お客さんとの一体感というか、温かい雰囲気が心地よくて入団しました。

印象に残っている試合は?

2018年の7月に地元である山口県の防府市で凱旋試合をやらせていただいただきました。メインイベントで敗れはしましたが、地元の昔から知っている近所の人だったり友達だったりっていう方々がみんな来ていただいて、そんな中、自分の好きなもので夢を叶えた姿を見てもらったのがとても嬉しかったです。

得意技と試合のスタイルは?

ヒラミロックという関節技が得意です。自分は飛んだり跳ねたりという技が得意ではないので、丸め込みや関節技を中心に組み立てています。

これからの目標は

2018年に地元の試合で負けてしまったので、次こそは地元のイベントで勝利したいですね。その次の目標はチャンピオンになることです。

営・料/開催日・チケット料金は公式サイトでご確認ください    WiFi/あり    クレジットカード/可    バリアフリー/エレベーター、スロープ、休憩所あり    トイレ/あり    ドリンク/販売あり    煙草/禁煙    P/あり

[基本情報]琉球ドラゴンプロレスリング
住所:沖縄県中頭郡嘉手納町兼久下原372-2 ネーブルカデナ3F
電話:098-956-5500
http://rd-pw.com/

池原盛輔
この記事を書いた人池原 盛輔
某県内情報誌の社員を経てフリーカメライターへ。美味しいと噂のお店に出没します。好きなのはカメラ、車、アニメ、格闘技。総合、空手、剣道、茶道の経験あります。旅に出たい今日この頃。 このライターの記事一覧

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